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vol.10 2016/11/14

 前回の通信からすっかり間が空いてしまい何とも面目ない限りですが、まずは「奇譚」の進行状況のご報告から。

 今回は原本の全頁の画像を収録したCD-ROM版の編集を先行させたため、すでにこちらは完成済みとなっておりますが、肝心の本体である書籍版の編集作業に予想外の時間を要しています。というのも、CDに収録したテキストは原本そのままの翻刻であるのに対し、こちらは平仮名に変換しただけなく、本文の校訂作業が加わっているからです。校訂と一口に言っても、単なる誤字脱字の訂正にとどまらず、乱歩が記述している夥しい作家の名前や作品タイトルについて、ひとつひとつ確認して間違いを正してゆくのですから並大抵の手間ではありません。翻刻・校訂を担当する中相作氏が「名張人外境」のブログでも紹介されている通り、例えば涙香訳「幽霊塔」の作家とされたBengisonが実はBendisonであり、英国の探偵作家オースティン・フリーマンの綴りが正しくはFreemanとなるところがFleemanとなっていたりと、この手のミスが結構あってまったく油断ができないのです。

 また、乱歩が取り上げている本の訳者名を失念してしまって「某氏訳」などと誤魔化しているところも、中氏がいちいち原本のデータに当たり、訳者の名前を調べ上げて註記しています。さらに加えて長い英文の引用も多く、スペルミスのチェックやら翻訳文との照合もしなければなりません。ようやく完成した原稿を印刷所に入れても、次々に新たな訂正箇所が発見され、初校ゲラを赤字だらけにして戻したにもかかわらず、再校にもまた山ほどの赤字が……。こうした難行苦行の末に現在、本文ゲラは三校まで進み、中氏による新たな書下ろしの解題も入稿して、ようやく大詰めを迎えつつあるというのが現状です。

 そこで何とも心苦しいお詫びですが、当初は11月刊行と告知していたにもかかわらず、以上のような事情により、刊行時期が12月に延期となってしまいました。刊行をお待ちいただいている皆様には本当に申し訳ございません。ただ、予想外の時間を要しましたが、校訂を施された平仮名変換版の「奇譚」は、原本の「読みにくさの壁」を打ち破り、そこに込められた21歳の乱歩の熱い想いを、初めてストレートに伝えられるものに仕上がりました。少年時代から愛読してきた春浪や涙香について、懐かしみながら同時に鋭い批評眼ものぞかせ、またポーの文学の本質を探り当てそこに探偵小説の理想を見出すなど、「奇譚」には乱歩の後年の多面的な執筆活動の萌芽が明瞭に認められます。さらにまた、本書の中で取り上げられている作品のツボを心得た要約紹介の見事さには舌を巻くばかりで、すでに天性のストーリーテラーの片鱗をしっかり見せつけていると言えそうです。付録的な扱いながら、当時「非常に興味を持っていた」という「暗号」についてのイラスト入りの論述は、乱歩のマニアックな一面が全開で、これはこれで圧巻と称するしかありません。名のみ高く、その中身については容易に窺うことの叶わなかった「奇譚」ですが、今回の藍峯舎による初の単行本化で、読みどころ満載の全貌に触れていただければ幸いです。

 というわけで最後にお知らせですが、「奇譚」の予約開始は11月22日(火)からとさせていただきます。恐縮ながらもう少々お待ちください。

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