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Vol.03 2014/3/28

 すっかり間が空いてしまって何ともお恥ずかしい限りですが、藍峯舎通信を久々にお届けいたします。

 現在、当社の第三弾の刊行物となる「完本黒蜥蜴」の編集作業が大詰めを迎えようとするところですが、これまでの刊本にはなかった今回の新機軸のひとつは口絵用に新たに制作されたオリジナル銅版画です。乱歩と三島がそれぞれ筆を尽くして描き出した妖艶な女賊「黒蜥蜴」の官能的姿態を大胆にヴィジュアル化したのは、春陽堂文庫の乱歩シリーズの表紙でお馴染みの版画家多賀新氏。「線描の魔術師」の異名を取り、その幻想的かつエロティックな作品に熱烈なファンを持つ多賀さんに、乱歩との深い縁と今回の新作「黒蜥蜴」について語っていただきました。



『傍観者(自画像)』「銅版画・江戸川乱歩の世界」より

 乱歩と私の縁といえば、やはり少年時代の出会いがあまりにも強烈でしたね。
 私は1946年(昭和21年)に北海道十勝地方の本別という人口1万5千人余り(当時)の町で生まれました。私の生まれる前年の昭和20年、太平洋戦争の末期にこの町は米軍機の爆撃を受けているんです。軍事的な目標となるようなものなど何にも見当たらない北海道の片田舎の町が何で空襲を受けたかというと、町にあった煉瓦造りの缶詰工場が、本来の目標だった帯広の軍需工場と間違えられたためだったとかで、米軍のドジのとんだとばっちりで焼け野原となってしまったわけです。

 私の子供の頃、町には少年探偵団の舞台に出てきそうな、爆撃で廃墟となった建物や穴ぼこだらけの淋しい原っぱなどが、まだあちこちに残っていましたね。
そんなうってつけの環境で、乱歩の少年探偵団との出会いの最初は本ではなく映画でした。まわりには広大な自然しかない北海道の片田舎の当時の子供たちのいちばんの楽しみといえば、何といっても映画でした。特に続き物である乱歩の少年探偵団シリーズの面白さは格別で、明智小五郎や怪人二十面相が繰り広げる丁々発止の冒険活劇にはすっかり魅了されました。都会の匂いのする空想とも現実ともつかない世界を垣間見せてくれたそうした映画から乱歩の世界に導かれて、二十面相と少年探偵団の本を夢中になって読みました。

 今と違ってテレビもなければもちろんゲームもない娯楽や刺激に乏しい時代で、しかも東京から遠く離れた北海道の何の変哲もない自然環境のなかでの乱歩の読書体験は、そこに描かれた奇怪な美や恐怖のイメージを自分の中で、何十倍にも増幅する効果があったような気がします。そしてそこから勝手に自分なりの夢やロマンを紡ぎ出しては楽しんでいました。あの頃、自分が乱歩の世界に触れて味わったような衝撃と興奮を、今の娯楽や情報過多の時代の少年たちに体験させようとしてももう不可能なのかもしれませんね。

 そんな少年時代の強烈な乱歩体験の後、上京して版画制作を始めてからは、乱歩の世界にあえて触れる機会はなかったのですが、四十歳をすぎて再び乱歩と邂逅することになりました。
1983年に出版された私の版画集(「多賀新全作品集」吐夢書房)が関係者の目に留まったことがきっかけで、突然、春陽堂書店から乱歩シリーズの表紙の依頼が舞い込んだのです。

 版画集の作品には特に乱歩を意識して制作したものはなかっただけに、この依頼は私には思いもかけぬことでした。表紙として新たに描き下ろすのではなく、それまでの私の作品の中から全30巻のシリーズの収録作のイメージに合ったものを選んでゆく過程で、ほとんど三十年ぶりに乱歩の作品をしっかり読み直すことになりました。
 それぞれの巻に使う作品は最終的にすべて私が選んで、表紙のサイズに合わせてトリミングもしたのですが、仕事を進めるうちに、自分の版画が意識下でいかに乱歩の世界に影響されていたかということが分かって、われながら驚きました。もちろん乱歩の小説に出てくるシーンとそのままつながるような絵柄はなくとも、そのタイトルやテーマと私の版画のイメージが不思議なくらい通じ合っていて、あたかも乱歩さんと共作したのではないかと自分でも錯覚しそうになるくらいだったのです。
 少年時代の強烈な乱歩体験が、自分の感性の奥底に深く刻み込まれ、知らぬうちに血肉化されて、それが私の作品制作の原点となっていることを、この時にまざまざと思い知らされましたね。
とはいっても、それ以後、乱歩の作品自体に即して版画を制作するという機会にはついぞ恵まれることがなく、今回の「黒蜥蜴」が初めてです。

 「黒蜥蜴」はストーリーの面白さもさることながら、主人公の女賊のキャラクターがとびきり魅力的なんですね。パーティーの最中に全裸になって裸踊りを始めたり、手下の前でも大胆に肌を露出させてどぎまぎさせたりする「エキジビショニスト」(露出狂)として描かれる一方で、自分のことを会話で「僕」といったりする両性具有めいたイメージも与えられている。
 そんな複雑怪奇なキャラクターについて、ただ原作の描写をなぞっただけでは自分の作品にはならないので、自分なりにそれをどう消化して表現するかというところに苦心しました。
 叶わぬ願いながら、乱歩さんに私の作品を見ていただいてその感想をお聞きしたかったなあと、しみじみ思いますね。

(2014年3月17日 東京・秋葉原にて)

<多賀新個展のご案内>
2014年4月3日(木)~12日(土)
多賀新 銅版画・鉛筆画展
ギャラリー愚怜
東京都文京区本郷5-28-1
03-5800-0806

2014年4月14日(月)~26日(土)
多賀新 生きる[エロス]展
ヴァニラ画廊
東京都中央区銀座8-10-7 東成ビル地下2F
03-5568-1233

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