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Vol.02 2013/7/8

 何はともあれ「屋根裏の散歩者」の進行状況のご報告から。

 現在のところ印刷関係の作業はすべて終了し、製本段階へと進んでおります。池田満寿夫の版画の忠実な再現のため、用紙を変えては刷り直しを重ねた印刷段階での悪戦苦闘は前回の通信でお伝えした通りですが、製本についても越えなければならない難関が控えています。
 その最大のものが表紙の背革の手配と加工です。以前とは異なり、最近は表紙に本物の革を使用した書籍は、皆無とまでは言えないにしても非常に稀なものとなっており、業者を探すところからひと苦労で、何とかその量は確保できても、表紙用に加工するのにまた大変な時間を要するのです。手作業ですから仕方がないこととはいえ、版元としては期日までに仕上がってくれるかどうか、ひたすら気を揉むしかない毎日なのです。

 本書に附録として収録した池田満寿夫のエッセイ「豆本因縁噺」に、豆本の版元である平井通がなかなか仕事にかかってくれない当時の印刷所や製本所にお百度を踏んだ挙句、池田満寿夫に電話口で「まだしてくれないんだョ」と、「絶望的な声で」ぼやくシーンが活写されていますが、時代も環境も当時と今では大違いとはいえ、何とも身につまされる話というしかありません。

 さて、平井通といえば、前回の通信でも紹介した中相作氏による評伝「真珠社主人 平井通」について、もう少しだけ前宣伝を。
 そもそもこの平井通という人物にミステリアスな印象がつきまとう大きな原因のひとつに、乱歩の詳細にして長大な自伝「探偵小説四十年」のなかで、通のことがまったくといっていいほど触れられていないという事実があります。乱歩のこの自伝については、自身にとって触れられたくない部分が極めて意図的に省筆されている、というのが定説のようですが、してみると乱歩にとってこの弟の存在は、他人には踏み込んでもらいたくない部分だったのか――ということで、通についてのあれやこれやの伝説や噂が囁かれてきたわけです。

 今回の評伝で、中氏はこうした通にまつわる伝説や噂の一つ一つを丹念に検証して真実に迫り、そうした確認作業の積み重ねから、乱歩がついに一言も書き残さなかった弟通との関係の実相を解き明かしています。それはまた乱歩という多面的で複雑な人間の深層に、「弟」というこれまで誰も覗いたことのないフィルターを通して迫ったということであり、この評伝は出色の乱歩論ともなっています。

 ついつい熱が入り話が長くなってしまって恐縮ですが、中氏の今回の執筆に当たってのご苦労などについては、ご自身の「名張人外境」ブログで追々紹介されると思われますので、そちらでフォローしていただければ幸いです。
 というわけで、いよいよ10日から予約開始となります。もう少々お待ちください。

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